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Sobre モーツアルト 

普段ビデオを撮っている番組はいくつかあって、
「題名のない音楽会」「グレーテルのかまど」
「ららら♪クラシック」などがその中に入る。
「ららら・・・」の方は回ごとに、広く親しまれている1曲を取り上げて、
その曲にまつわるエピソードや曲の構成などを教えてくれる。
クラシック音楽を深く理解するきっかけにも繋がって面白い。

この番組の司会者のひとり、クラシックファンの石田衣良さん。
(本名は石平さんというのだそう。)
飄々としたという言葉が似合う、
あまり感情を表に出さないタイプの方なのだけれど、
先日図書館に行った時に、そんな石田衣良さんが
書かれた「I Love モーツアルト」という本を発見。
何気なく手に取り、借りてみました。

実は私はモーツアルトが・・・苦手。
その理由も自分では良く分かっているのだけれど、
小説家の石田衣良さんのモーツアルト人物像が、とても上手に
表現されていたので、つい記録したくなってしまいました。

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モーツアルトの評伝をあれこれ読んでみても、ぼくにはなぜか
あの人が実際に生きていたという印象が持てない。
奇妙に透明というか、空気感だけしか掴めない妖精のような
人だ。他の多くの大作曲家たちは、例えばベートーベンでも
ブラームスでも、生きている感じがダイレクトに伝わってくる。

モーツアルトの場合にはその生の濁りがないのだ。
パキパキと鋭い青ガラスみたいな哀しいメロディが透明に
とどまることなく流れているのはもちろん美しいのだけれど、
どうも人間らしくない。
モーツアルトという人間が作品のなかに透明に消えていくのである。
(中略)
モーツアルトは「自分の消し方」がよくわかっていた人なのだろう。
自分を押し付けるようなところがないから、彼の音楽は機会音楽
としても高いエンターテイメントをもっているのだろう。

小説家にも同じようにそれぞれタイプがあって、
自分の外側に世界を作り、そのなかで自由に振舞える人と、
自分の視点なり生活なりを入れないと小説を作れない人がいる。
モーツアルトは自分の外側に音を作る人で、
そのタイプでピカイチの天才だったのではないかという気がする。
だから逆に言うと、作品の中でどんなことが起きてもモーツアルトは
まるで平気だったのだろう。

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ほんの一部の抜粋なので分かりづらいかも知れないけれど、
この石田衣良さんの表現は、さすが小説家だと思う。
そうそう、その通りと大きく頷いてしまった私。
このブログしかりだけれど、もし私が小説家だったとしたら、
後者の小説を書く人になると思う。

私にとってのモーツアルトの音楽は、
どこまでも美しくて整っていて、全く隙がないのだ。
だからモーツアルトがBGMに最適なのも頷けるのだけれど、
悩み多かった学生時代はもちろん、
今でも修行中の私はまだまだモーツアルトが苦手なのだと思う。
多分、もっと自分が年を取って色んなことを達観出来る境地に至った
とき、はじめてモーツアルトを好むような気がしている。

この本は、モーツアルトの評論とか批評とか薀蓄などは一切無く、
小説家としての石田さんの感性で、視点で、
モーツアルトを捉えられているところがとても面白くて、
たくさん共感も出来ました。
だから、飄々タイプの石田衣良さんはモーツアルトが好きなのだなぁと納得も。
心で聴くモーツアルト入門という感じの本です。
CDも付属されているのだけれど、CDの選曲も良かったです。

ご興味を持たれた方は一読してみてくださいね。






by pikininimusic | 2015-03-19 11:42 | Comments(0)